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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)356号 判決 2000年5月08日

原告

ジーエヌツール株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成9年異議第72110号事件について、平成10年9月30日にした特許異議の申立てについての決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年7月24日(優先権主張、同年2月7日・日本国)、名称を「ねじれ刃を有する切削工具及びその製造方法」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願をし(特願平2-195481号)、平成8年9月5日に設定登録を受けた(特許第2556393号)。

【I】は、平成9年5月7日、上記特許につき特許異議の申立てをし、同申立ては、平成9年異議第72110号事件として特許庁に係属したところ、原告は、同年12月25日に、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をした。

特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理したうえ、平成10年9月30日に「特許第2556393号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は同年10月19日、原告に送達された。

2  明細書の特許請求の範囲の記載

(1)  本件明細書(設定登録時の明細書、以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載

【請求項1】 刃部にねじれ刃を有する切削工具において、前記刃部が、外周の前記ねじれ刃を形成する箇所にねじれ凹溝を有する母材焼結体と、前記ねじれ凹溝に充填・埋設され且つ前記母材焼結体に一体焼結固着された、多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体とを備えてなり、さらに、前記多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体に、これのねじれにしたがって連続するねじれ刃が形成されていることを特徴とする切削工具。

【請求項2】 前記母材焼結体が超硬合金である請求項1に記載の切削工具。

【請求項3】 刃部にねじれ刃を有する切削工具の製造方法において、原料粉末を仮焼結して、前記刃部の母材焼結体を形成する第1工程と、前記母材焼結体の外周の前記ねじれ刃を形成する箇所にねじれ凹溝を形成する第2工程と、前記ねじれ凹溝に、多結晶ダイヤモンドまたは立方晶窒化硼素の焼結体用の原料粉末を充填する第3工程と、前記ねじれ凹溝に前記多結晶ダイヤモンドまたは立方晶窒化硼素の焼結体用の原料粉末が充填された前記母材焼結体を加熱及び加圧し、前記母材焼結体の焼結を完了すると共に前記原料粉末を焼結して母材焼結体に一体焼結固着する第4工程と、多結晶ダイヤモンドまたは立方晶窒化硼素の焼結体が固着された母材焼結体を加工して、前記多結晶ダイヤモンドまたは立方晶窒化硼素の焼結体に、これのねじれにしたがって連続するねじれ刃を形成する第5工程を備えてなることを特徴とする切削工具の製造方法。

【請求項4】 前記第5工程の前に、前記多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体が固着された前記母材焼結体の一端に、シャンク用部材を接合する工程が含まれている請求項3記載の製造方法。

【請求項5】 前記第5工程が、前記母材焼結体の外周に切削加工によりねじれ溝を加工する工程と、前記多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体に放電加工または電解研磨加工によって前記ねじれ刃を加工する工程を含んでいる請求項3又は4記載の製造方法。

(2)  本件訂正請求に係る訂正明細書(以下単に「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載

刃部にねじれ刃を有する切削工具において、前記刃部が、外周の前記ねじれ刃を形成する箇所に、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線で形成されたねじれ凹溝を有する母材焼結体と、前記ねじれ凹溝に充填・埋設され且つ前記母材焼結体に一体焼結固着された、多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体とを備えてなり、前記多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体のねじれ形状にしたがって当該焼結体によりランドの工具回転方向先端縁が形成されており、前記ランドの工具回転方向先端縁には連続するねじれ刃が形成されていることを特徴とする切削工具。

3  本件決定の理由の要点

本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、(1)本件訂正請求に対し、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件訂正発明」という。)が、いずれも本件優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平1-96307号公報(以下「刊行物A」という。)及び米国特許第4713286号明細書(以下「刊行物B」という。)にそれぞれ記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許出願の際、独立して特許を受けることができないものであり、本件訂正請求は、同法120条の4第3項で準用する同法126条4項(「同法120条の4第3項で準用する平成6年法律第116号による改正前の同法126条3項」の誤記と認められる。)の規定に違反するので、認められないとし、(2)本件特許異議の申立てに対し、本件発明を本件明細書の特許請求の範囲の請求項1~5に記載されたものと認定したうえで、本件発明が、刊行物A、刊行物B、特開昭55-106705号公報及び特開昭63-251130号公報にそれぞれ記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許請求の範囲の請求項1~5に係る特許は、特許法113条1項2号に該当するので取り消すべきであるとした。

第3原告主張の本件決定取消事由の要点

1  本件決定の理由中、本件訂正発明の構成に欠くことができない事項の認定(決定書2頁18行~3頁10行)、刊行物Aの記載事項の認定(同3頁12行~4頁1行)、刊行物Bの記載をそのまま摘記した部分のうち、(B1)~(B5)、(B7)、(B8)の各符号が付された部分の認定(同4頁5行~6頁3行、6頁12行~7頁8行)は認める。

本件決定は、本件訂正請求における、特許法120条の4第3項で準用する平成6年法律第116号による改正前の同法126条3項所定の要件(以下「独立特許要件」という。)の有無の判断において、刊行物Bの記載事項の認定を誤って、本件訂正発明と刊行物Bに記載された発明(以下「刊行物発明」という。)との一致点の認定を誤ったことにより、本件訂正発明が刊行物A及び刊行物Bに基づき当業者において容易に発明をすることができたから、独立特許要件を満たさないと誤って判断し、その結果、本件訂正請求が認められないとして、本件発明の要旨を本件明細書の特許請求の範囲の請求項1~5に記載されたものと誤って認定し、本件発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(本件訂正請求に対する判断における一致点の認定の誤り)

(1)  本件決定は、本件訂正請求における独立特許要件の判断において、(a)刊行物Bの「母材焼結体は、『外周の刃を形成する箇所に、凹溝を有する母材焼結体』であるといえる」(決定書7頁15~16行)と認定し、さらに、(b)刊行物Bの4欄32~37行に「この溝の両部分のエッヂ(即ち両端部)31はフルート方向に、螺旋角でテーパ付けられていることが好ましく、そうすることによって、溝部に埋設された研摩充填体セグメントのリーディングエッヂはフルート研削時に、そのフルートに適合することになる。」(決定書6頁4~9行、符号B6)と記載されているとしたうえ、この記載と、同6欄3~8行の「5.1個又はそれ以上の研磨充填体が、ドリル素材の円錐形状先端部から円筒形状部にまで、ドリル素材の長手方向軸線に関して鋭角をなして延びているクレーム1の発明」(同6頁12~15行、符号B7)との記載により、刊行物Bにおいて、「溝の両端部がフルートの方向に螺旋角度でテーパが付けられて軸方向に延びているから、このテーパ部分の溝は『ねじれ凹溝』と呼ぶことができる。そして、特に形状に関し言及がない限り、溝といえば、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接する線により形成されているものと解されるから、上記記載B6,B7は『溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線により形成されているねじれ凹溝に研摩充填体を埋設すること』が記載されているといえる」(同7頁17行~8頁7行)と認定し、(c)上記(a)、(b)の各認定を基に、刊行物Bに記載された刊行物発明を、「刃部にねじれ刃を有するドリル工具において、前記刃部が、外周の前記ねじれ刃を形成する箇所に、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線で形成されたねじれ凹溝を有する母材焼結体と、前記ねじれ凹溝に充填・埋設され且つ前記母材焼結体に一体焼結固着された、ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体とを備えてなり、前記ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体のねじれ形状にしたがって当該焼結体によりランドのドリル回転方向先端縁が形成されており、前記ランドのドリル回転方向先端縁にはねじれ刃が形成されていることを特徴とするドリル工具。」(決定書8頁16行~9頁8行)と認定し、(d)この認定に基づいて、「ドリル工具も切削工具と言えるから」(同9頁11~12行)、本件訂正発明と刊行物発明とが、「刃部にねじれ刃を有する切削工具において、前記刃部が、外周の前記ねじれ刃を形成する箇所に、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線で形成されたねじれ凹溝を有する母材焼結体と、前記ねじれ凹溝に充填・埋設され且つ前記母材焼結体に一体焼結固着された、立方晶窒化硼素焼結体とを備えてなり、立方晶窒化硼素焼結体のねじれ形状にしたがって当該焼結体によりランドの工具回転方向先端縁が形成されており、前記ランドの工具回転方向先端縁にはねじれ刃が形成されていることを特徴とする切削工具。」(同9頁12行~10頁3行)である点で一致すると認定した。

しかしながら、上記(a)の刊行物Bの母材焼結体が外周の刃を形成するとの認定、及び上記(b)の刊行物Bに「溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線により形成されているねじれ凹溝に研摩充填体を埋設すること」が記載されているとの認定は、次のとおり、いずれも誤りであり、したがって、これらの認定に基づく上記(c)の刊行物発明の認定も誤りであって、刊行物発明は、「刃部にねじれ刃を有するドリル工具」ではなく、「外周のねじれ刃を形成する箇所に、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線で形成されたねじれ凹溝を有する母材焼結体」、及び「前記ねじれ凹溝に充填・埋設され・・・たダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体」を備えておらず、「ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体のねじれ形状にしたがって・・・ランドのドリル回転方向先端縁が形成されて」おらず、「ランドのドリル回転方向先端縁に・・・ねじれ刃が形成されて」いるものでもない。

(2)  外周の刃について

本件決定は、上記のとおり、刊行物Bの「母材焼結体は、『外周の刃を形成する箇所に、凹溝を有する母材焼結体』であるといえる」(決定書7頁15~16行)としたが、刊行物発明は、プリント回路基板用の穿孔用ドリルに関するものであるところ、穿孔用ドリルは、その先端に刃が設けられるのみであって、外周には刃が存在しないものである。

この点に関し、被告は、一般に、穿孔用ドリルおいて、円筒状部分にねじれた溝(フルート)が設けてあり、そのねじれの外周には切刃が設けられているとして、研摩充填体セグメントのリーディングエッジが、被切削物を切削する部分であるかのように主張し、刊行物Bの「フルートが研削され、先端部が先鋭に研削されると、研磨充填体は、ドリルの切削面を形成する。この点において、切削作用の大部分とドリルの摩耗は研磨充填体が埋設されたコーナー部において生じる。」(甲第5号証4欄39行~44行に係る邦訳)との記載を引用して、刊行物発明においては、研磨充填体の外周辺のうち、ドリル先端の円錐面に露出した辺のみならず、外周側に露出した部分(リーディングエッジ)においても切削面を形成していると主張する。

しかしながら、刊行物Bの該記載は、刊行物発明における切削作用の大部分とドリルの摩耗が、コーナー部を構成する先端円錐面に露出した部分で生じることを述べたものであって、研磨充填体が外周面に露出した部分で切削面を形成しているとするものではないから、該記載によって、リーディングエッジを形成する部分が切削作用に関与しているということはできない。

また、一般に、穿孔用ドリルにおいて、リーディングエッジが被切削物を切削する部分ではなく、したがって、刃を備えていないことは技術常識である。

日本工業規格ドリル用語(JIS B 0171)に、「この規格は,主として金属切削用として一般に用いるドリル(1)の呼び方並びに用語及びその定義について規定する。」との記載があり、その「ドリル」に付された注(1)に「先端に切れ刃をもち,また,ボデーに切りくずを排出するための溝をもつ,主として穴あけを行うのに用いる工具。」(甲第8号証2丁目)と記載されているとおり、穴あけ用ドリルは、先端の切刃によって穴あけを行うものであって、リーディングエッジは穴あけを行うものではなく、刃を備えてはいないものである。

平成11年6月28日発行の【J】外1名著「設計者に必要な加工の基礎知識」には、「ドリルの構造と各部の名称を図5.4に示す.ここでは最も一般的なツイストドリルについて示す.ツイストドリルは,切りくずの搬出がやりやすいようにねじれ溝を持っている.ドリルの根元は,まっすぐなストレートシャンクのものと斜めになったテーパシャンクのものとがあり,ドリルを固定する際の方法が異なる.ドリルの刃先部の拡大図を図5.5に示す.切削を行う切れ刃は先端部だけにある.底面の切れ刃でない部分は,穴との接触抵抗を減らすように逃げが取ってある.ねじれ溝の側面にある部分は,切れ刃のように見えるが,実際にはガイドの役目をしているだけであり,マージンと呼ぶ.このマージンの径は刃先先端からシャンクに向かって小さくなるように,いわゆるバックテーパがついている.これは切削中の抵抗を減らすためである.また,ドリルの先端には,切削を行わないチゼルエッジと呼ばれる部分がある.」(甲第9号証108頁11行~109頁6行)との記載があり、この記載によっても、通常のドリルのリーディングエッジ(溝とマージンとで形成される交線)には切削を行う実質的な切刃が存在しないことが明らかである。

被告は、日本機械学会編「機械工学便覧 基礎編 応用編」の図309(乙第1号証B2-130頁)に、穿孔用ドリルにおいて、円筒状の部分に一定角度(ねじれ角)でねじれた溝(フルート)を設けており、そのねじれの外周には切刃が設けられていることが示されていると主張するが、上記図309における「切れ刃」の表示は、ドリルの円錐状先端部の半径方向の部分のみにあって、外周には「切れ刃」の表示はないから、該主張は誤りである。

また、被告は、特開昭53-135089号公報(乙第3号証)、特開昭58-40209号公報(乙第4号証)、特開昭63-185507号公報(乙第5号証)、特開昭64-16330号公報(乙第6号証)、特開昭62-173108号公報(乙第7号証)、特開昭63-52908号公報(乙第8号証)、特開昭63-89211号公報(乙第9号証)、実開昭59-140116号公報(乙第10号証)、実開昭56-147015号公報(乙第11号証)に、ドリルのリーディングエッジに外周刃等と呼ばれる切刃が設けられていることが記載されていると主張する。しかしながら、このうち、特開昭63-52908号公報(乙第8号証)及び特開昭63-89211号公報(乙第9号証)には、外周切刃稜7が切削を行う実質的な切刃であることは何ら記載されておらず、特開昭62-173108号公報(乙第7号証)に記載されているものは、外周切刃Cの背面(マージンMの部分)に、実際に切削を行うために必要な逃げ角が記載されていないから、該外周切刃Cには切削機能がないものと見るべきであり、実開昭59-140116号公報(乙第10号証)に記載されたものは、切刃マージン部14が面であって(第2、第3図)、切削を行う実質的な切刃を意味するものではなく、実開昭56-147015号公報(乙第11号証)に記載されたものは、通常のドリル特有のマージン及びリーディングエッジのない特殊なドリルであるから、これらの刊行物に、通常のドリルにおいてリーディングエッジに切削作用を行う切刃が存在することが記載されているとすることはできない。その他、これらの刊行物に、仮に、リーディングエッジに切削を行う実質的な切刃が設けられている点が記載されているとしても、刊行物Bのリーディングエッジに実質的な切刃があることまでを意味するものではない。

被告は、さらに、社団法人日本プリント回路工業会編「プリント回路技術便覧」(乙第12号証)及び【K】編「多層プリント回路ハンドブック」(乙第13号証)に、プリント回路基板用のドリルにおいて、リーディングエッジが切削を行うことが記載されていると主張する。しかしながら、上記「プリント回路技術便覧」(乙第12号証)の被告の指摘する記載部分は、セカンダリーカッティングエッジ(リーディングエッジ)が、切削作用により摩耗を受けることまで記載されているとはいえないのみならず、「図5.3.11で示すようにドリルにはバックテーパがあり,ドリルと穴壁との間にクリアランスが存在する。そのため,厳密には再研摩によりドリル径が変わり,ドリルと穴壁とのクリアランスが減少し,切削熱の増大や切削屑のはけの悪化を招く。同時に芯厚はウェブテーパにより,シャンク部に近づくほど太くなるので,切削抵抗も増加しスミアを発生しやすくする。」(同号証454頁6~10行)との、ドリルにバックテーパが存在するとの記載があるから、セカンダリーカッティングエッジが切削作用を行うものであるということはできない。また、上記「多層プリント回路ハンドブック」(乙第13号証)の被告が指摘する「ドリル加工による穴は,図10.19に図示のごとく,ドリルの先端(point)の切削/突っ込みの動作と,リップ(lip)と外側コーナーでの切削動作とによって形成される。・・・リップ,フリュートおよびマージン(margin)によって形成される外側のコーナーが,穴壁面の品質を決める最終の切削面になることを認識することが重要である(図10.19F)。」(同号証252頁2~10行)との記載における「外側コーナー」又は「外側のコーナー」とは、リップの半径方向外側部分とマージンの回転方向前縁(リーディングエッジ)の軸方向先端部分とが交わる部分を指すものであり、リーディングエッジが切削作用を行うことが記載されているとする被告の主張は誤りである。

(3)  ねじれ凹溝について

本件決定は、刊行物Bの4欄32~37行に、「この溝の両部分のエッヂ(即ち両端部)31はフルート方向に、螺旋角でテーパ付けられていることが好ましく、そうすることによって、溝部に埋設された研摩充填体セグメントのリーディングエッヂはフルート研削時に、そのフルートに適合することになる。」(決定書6頁4~9行、符号B6)との記載があると認定したが、刊行物Bの該部分の邦訳は、「両溝部分のエッヂ31はフルート方向に、螺旋角でテーパ付けられていることが好ましく、そうすることによって溝部に埋設された研摩充填体セグメントのリーディングエッヂはフルート研削時に、そのフルートに適合することになる。」(甲第5号証訳文2頁20~22行)というものであって、本件決定の上記「この溝の両部分のエッジ(即ち両端部)31はフルート方向に、・・・」との訳文に当たる記載はない。刊行物Bの図8Cにも、それぞれの溝部分の一方端だけがフルート方向に螺旋角でテーパ付けられているものが示されている。また、刊行物Bの6欄3~8行の「1個又はそれ以上の研磨充填体が、ドリル素材の円錐形状先端部から円筒形状部にまで、ドリル素材の長手方向軸線に関して鋭角をなして延びているクレーム1の発明」との記載(符号B7)が、上記のようなねじれ凹溝が記載されていることまで示唆するものでもない。したがって、本件決定が、「溝の両端部がフルートの方向に螺旋角度でテーパが付けられて軸方向に延びているから、このテーパ部分の溝は『ねじれ凹溝』と呼ぶことができる」とした認定は、誤りである。

また、本件訂正発明は、「外周の前記ねじれ刃を形成する箇所に、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線で形成されたねじれ凹溝を有する母材焼結体と、前記ねじれ凹溝に充填・埋設され・・・た、多結晶ダイヤモンド焼結体または立方晶窒化硼素焼結体とを備えてなり」との構成を備えるものであるが、刊行物Bに、溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線により形成されているねじれ凹溝に研摩充填体を埋設することは記載されておらず、さらに、上記(2)のとおり、刊行物発明は外周にねじれ刃を有するものではないから、外周の前記ねじれ刃を形成する箇所に、ねじれ凹溝を有することが記載されているとすることもできない。

したがって、刊行物Bの図8A~8Cに開示された刊行物発明の溝は、本件訂正発明の「ねじれ凹溝」に相当するものではない。

(4)  上記のとおり、本件決定がした、(1)の(c)の刊行物発明の認定は誤りであるから、該認定を前提とする同(d)の本件訂正発明と刊行物発明との一致点の認定も誤りであるといわなければならない。

第4被告の反論の要点

1  本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の本件決定取消事由は理由がない。

2  取消事由(一致点の認定の誤り)について

(1)  外周の刃について

刊行物発明が、プリント回路基板用の穿孔用ドリルに関するものであることは認める。

一般に、穿孔用ドリルにおいて、穴をあける機能を有する部分は、昭和62年4月15日新版発行の日本機械学会編「機械工学便覧 基礎編 応用編」の図309(乙第1号証B2-130頁)に示されるように、先端部分が円錐状に形成され、円筒状の部分に一定角度(ねじれ角)でねじれた溝(フルート)が設けてあり、そのねじれの外周には切刃が設けられ、該切刃は切刃部分の長手方向にわたり同じ直径(ドリル径)となっていることが技術常識である。そして、刊行物Bの図4に示されたねじれ溝(フルート)は、刊行物発明がこのような通常のドリルであることを表すものである。

刊行物Bには、「フルートが研削され、先端部が先鋭に研削されると、研磨充填体は、ドリルの切削面を形成する。この点において、切削作用の大部分とドリルの摩耗は研磨充填体が埋設されたコーナー部において生じる。」(甲第5号証4欄39行~44行に係る邦訳)との記載があり、この記載によれば、刊行物発明の研磨充填体は、ドリルの切削面を形成するのであるから、研磨充填体の外周辺のうち、ドリル先端の円錐面に露出した辺のみならず、外周側に露出した部分、すなわちリーディングエッジにおいても切削面を形成しているのである。

特開昭53-135089号公報(乙第3号証)、特開昭58-40209号公報(乙第4号証)、特開昭63-185507号公報(乙第5号証)、特開昭64-16330号公報(乙第6号証)には、ねじれ溝(フルート)を有するドリルにおいて、切刃(又は主切刃)と称される円錐面とフルートの交わる線の回転方向前方側のエッジのほか、フルートのリーディングエッジに外周刃と称される切刃を設け、ドリルの案内作用及び孔の内周面の仕上げ切削を行わせることが記載されており、また、特開昭62-173108号公報(乙第7号証)、特開昭63-52908号公報(乙第8号証)、特開昭63-89211号公報(乙第9号証)、実開昭59-140116号公報(乙第10号証)、実開昭56-147015号公報(乙第11号証)には、ねじれ溝のリーディングエッジに、外周刃又は外周切刃を呼ばれる切刃(エッジ)が設けられていることが記載されているところ、これらの記載に照らして、ドリルにおいて、ねじれ溝(フルート)のリーディングエッジに切刃が設けられることが技術常識であることは明らかである。

刊行物Bと同一分野のプリント回路基板用の穿孔用ドリルに関しても、昭和63年6月30日発行の社団法人日本プリント回路工業会編「プリント回路技術便覧」に、プリント配線回路基板用小径穴あけ作業用ドリルについて、「切削刃は主切削刃とセカンダリーカッティングエッジがあり,再研磨で主切削刃は鋭利にできるが,セカンダリーカッティングエッジは摩耗状態にあることに充分な注意を置かなければならない。」(乙第12号証454頁10行~13行)との記載があり、図5.3.11(同号証454頁)に、「セカンダリーカッティングエッジ」がマージン部の前縁であって刊行物Bの「リーディングエッジ」に相当する部分であることが示されているから、結局、同刊行物には、プリント回路基板用のドリルにおいて、主切削刃とセカンダリーカッティングエッジ(リーディングエッジ)が切削作用により摩耗を受けることが記載されているということができ、また、平成4年11月20日発行の【K】編「多層プリント回路ハンドブック」に、プリント回路基板用小径穴あけ作業用ドリルについて、「ドリル加工による穴は,図10.19に図示のごとく,ドリルの先端(point)の切削/突っ込みの動作と,リップ(lip)と外側コーナーでの切削動作とによって形成される。・・・リップ,フリュートおよびマージン(margin)によって形成される外側のコーナーが,穴壁面の品質を決める最終の切削面になることを認識することが重要である(図10.19F)。」(乙第13号証252頁2~10行)との記載があって、プリント回路基板用ドリルが、主切刃部分(リップ)と外周のリーディングエッジ(マージン部の先端部)により切削作用を行うことが記載されている。さらに、上記特開昭62-173108号公報には、プリント基板用ドリルの従来例に関する一般的な説明として、「ドリルの先端部の切削に関与する部分は、代表的には、先端切刃(チゼル刃を含む)であるが、・・・切削に関与する今1つの大きな部分は、外周切刃の先端部分である。ところで、この外周切刃にはマージンが存在する。」(乙第7号証1頁右下欄18行~2頁左上欄4行)と記載されている。このように、プリント回路基板用のドリルにおいても、一般に、主切刃のほかに、ドリル本体の円筒状の外周部に設けられた外周刃、すなわちリーディングエッジの先端部も切削に関与するのである。

原告は、日本工業規格ドリル用語(JIS B 0171)の記載に基づき、穿孔用ドリルにおいて、リーディングエッジは、被切削物を切削する部分ではなく、刃を備えていないと主張するが、日本工業規格ドリル用語(JIS B 0171)の原告引用部分は、「主として金属切削用として一般に用いるドリル(1)の呼び方並びに用語及びその定義について規定する」(甲第8号証2丁目)ものであり、金属切削用のドリルは、穴内壁のむしれが少なく、また、バックテーパが設けられているため、ドリルの外周の切刃は切削に関与しないといえるが、刊行物発明のドリルは、その製作に当たって、円筒状のドリルブランク(11)を用いているから、切刃部にはバックテーパが設けられておらず(刊行物Bには、ドリルにバックテーパが設けられていることを窺わせる記載はない。)、それ故、研磨充填体が円筒状部材の外周面に露出していることから、リーディングエッジも穴内面に摺接し、穴内面の仕上げ切削を行うように作用するものである。

(2)  ねじれ凹溝について

本件決定が摘記した刊行物Bの4欄20~32行の記載(決定書5頁10行~6頁2行、符号B5)及び同4欄32~37行の記載(同6頁4~9行、符号B6)並びに図8A~8Cによれば、刊行物Bには、図8A~8Cに関して、チップ30の先端の、直径方向に反対側の両端部に形成された溝内に研摩充填体セグメント28、29が埋設され、2つの溝の端部31は、フルート方向に、螺旋角でテーパ付けられていることが好ましく、そうすることによって研摩充填体セグメントのリーディングエッジが、フルート研削時に、そのフルートに適合する旨が記載されていると認められる(原告は、刊行物Bの上記4欄32~37行の記載(符号B6)に、本件決定の認定するような「この溝の両部分のエッジ(即ち両端部)31はフルート方向に・・・」との訳文に当たる記載はないと主張するが、本件決定は、該記載部分における「エッジ」が、直径方向反対側にある2つの溝部分の円筒面に開いている各2つの端部を意味するものとして、上記記載の認定をしたものである。)。そうすると、この溝は、本件訂正発明のねじれ凹溝に相当するものと認められる。

また、本件決定が摘記した刊行物Bの6欄3~8行の記載(決定書6頁12~15行、符号B7。ただし、「研磨充填体」とあるのは、刊行物Bの「veinsof sintered abrasive particulate」との記載に照らして、「筋状の研磨充填体」とするのが正確である。)には、筋状の研磨充填体がドリル素材の円筒形状部においても、長手方向軸線に関して鋭角をなして延びていることが記載されており、これは、筋状の研磨充填体が軸線に対し鋭角に傾斜して、ねじれたフルートが形成されるであろう部分に沿って延びていることを意味しているのであるから、この記載によっても、研磨充填体を埋設する溝が、本件訂正発明のねじれ凹溝に相当することが明らかである。

原告は、刊行物Bの図8Cに示されたものにおいて、それぞれの溝部分の一方端だけがフルート方向に螺旋角でテーパ付けられていると主張するところ、確かに、図8Cにおいては、エッジ31の左側の側面は、フルート方向に螺旋角でテーパ付けられていないようにも見えるが、特許明細書に添付する図面は設計図のように正確に描く必要はなく、また、当該側面は長さが短いため、図面のみによって螺旋であるか否かを判断するのは相当ではない。

(3)  したがって、本件決定がした、刊行物発明の認定に誤りはなく、該認定を前提とする本件訂正発明と刊行物発明との一致点の認定にも何ら誤りはないものというべきである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(一致点の認定の誤り)について

(1)  外周の刃について

訂正明細書(甲第3号証の2)には、「産業上の利用分野」として、「この発明は、刃部にねじれ刃を有するエンドミル、リーマ、ドリル等の切削工具の改良に関し、より詳細には、刃部にねじれ刃に沿って、母材よりも硬度が高く且つ耐摩耗性に優れた多結晶ダイヤモンド焼結体、立方晶窒化硼素焼結体等の高硬度・高耐摩耗性焼結体を埋設・固着して成る切削工具とその製造方法に関するものである。」(同号証2頁14~18行)との記載があるところ、この記載と前示当事者間に争いのない訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載とによれば、本件訂正発明の切削工具は、外周にねじれ刃を有するドリルを含むものであって、ドリル軸方向の側面に埋設された高硬度・高耐摩耗性焼結体は、リーディングエッジの刃部を形成していると解される。

他方、刊行物発明が、プリント回路基板用の穿孔用ドリルに関するものであること、刊行物Bに、「切削部(チップ)の構造の他の実施例が図7及び図8に図示されている。・・・図8a、8b、8cの実施例では、研磨材充填体は連続しておらず、切削部(チップ)30の直径方向の相対する両端部に構成された溝部分に埋設されたセグメント28,29中に位置するようになっている。溝の各部は切削部の各角部に構成され少なくとも末端部を横切るのと同じように、切削部(チップ)の両端側に研磨材充填体が露出するような深さとなっている。」(決定書5頁10行~6頁2行、符号B5)との記載があることは当事者間に争いがなく、この記載及び刊行物B(甲第5号証)の図8A~8Cによれば、当該各図に表示された刊行物発明において、埋設された研磨充填体が切削部(チップ)の両端側で露出し、ドリル軸方向に若干の長さを有して、リーディングエッジを形成していることが認められる。

そして、刊行物B(甲第5号証)には、「When the flutes are groundand the tip pointed the abrasive vein forms the cutting a surfaces(注、「a surfaces」は「surfaces」の誤記であると認められる。)of the drill.In this respect, the great majority of the cutting action and resultant wear of the drill occurs at the corners where the abrasive islocated.」(同号証4欄39~44行、邦訳は「フルートが研削され、先端部が先鋭に研削されると、研磨充填体は、ドリルの切削面を形成する。この点において、切削作用の大部分とドリルの摩耗は研磨充填体が埋設されたコーナー部において生じる。」)との記載があり、この記載によれば、刊行物発明において、研磨充填体がドリルの切削面を形成し、切削作用の大部分が研磨充填体が埋設されたコーナー部(角部)において生じることが認められるが、「切削作用の大部分・・・は研磨充填体が埋設されたコーナー部において生じる」とされているのであるから、該コーナー部以外の研磨充填体が埋設された部分においても多少の切削作用が生じるものと解される。

しかるところ、特開昭62-173108号公報(乙第7号証)には、「特にプリント基板、とりわけ多層プリント基板、を穿孔するのに好適な小径ドリルに関し」(同号証1頁左下欄10~12行)、「切削に関与する今1つの大きな部分は、外周切刃の先端部分である。ところで、この外周切刃にはマージンが存在する。」(同2頁左上欄2~4行)との記載が、また、特開昭63-52908号公報(乙第8号証)及び特開昭63-89211号公報(乙第9号証)には、いずれも、「超硬合金製のツイストドリルに関」(乙第8号証1頁右下欄16~17行、乙第9号証2頁左上欄2~3行)し、「この工具本体(2)は、その端部に一対の先端切刃稜(4)が形成されるとともに、その軸方向には、溝部(5)、マージン(6)および外周切刃稜(7)を備えたランド(8)がそれぞれ捩れを伴って形成される。」(乙第8号証2頁右下欄14~18行、乙第9号証3頁右上欄2~6行)との記載があり、実開昭59-140116号公報(乙第10号証)には、「2本ずつのねじれ溝およびランドを有するツイストドリルにおいて、・・・ランドの両端部に、互に同一半径の円弧によって画定される切刃マージン部とガイド部とを・・・形成する・・・ツイストドリル」(同号証実用新案登録請求の範囲)の発明が、実開昭56-147015号公報(乙第11号証)には、「先端には、所定のポイントアングルで1対の先端切刃稜4を形成するとともに、軸方向には、ねじれ溝2および外周切刃稜3を形成したツイストドリル」(同号証実用新案登録請求の範囲)の発明がそれぞれ記載されている。そして、これらの記載によれば、前示各刊行物に記載されたドリルには、いずれもマージン(ねじれ溝の側面の部分)に刃部が形成されていることが認められる。さらに、昭和63年6月30日発行の社団法人日本プリント回路工業会編「プリント回路技術便覧」(乙第12号証)には、プリント配線回路基板用小径穴あけ作業用ドリルに関し、図5.3.11(同号証454頁)に「セカンダリーカッティングエッジ」がマージン部の前縁であって刊行物Bの「リーディングエッジ」に相当する部分であることが示されたうえ、「切削刃は主切削刃とセカンダリーカッティングエッジがあり,再研磨で主切削刃は鋭利にできるが,セカンダリーカッティングエッジは摩耗状態にあることに充分な注意を置かなければならない。」(同号証454頁10行~13行)との記載があって、セカンダリーカッティングエッジ(リーディングエッジ)が、切削作用により摩耗を受ける切削刃であることが記載されている。

このように、刊行物Bと同一分野のプリント回路基板用の穿孔用ドリルを含むドリルにおいて、リーディングエッジ(マージン部前縁)に切刃が形成され切削作用を行うものが多数存在することに照らせば、前示のとおり、ドリル軸方向に若干の長さのリーディングエッジを形成しており、かつ、コーナー部以外の研磨充填体が埋設された部分においても多少の切削作用が生じていると認められる刊行物発明において、そのコーナー部以外における切削作用は、該リーディングエッジ部分においても生じていると考えるのが自然であり、刊行物発明のドリルの該リーディングエッジ部分が刃部を形成しているものと認めることができる。

原告は、前示特開昭62-173108号公報(乙第7号証)に記載されたドリルについては外周切刃Cの背面に逃げ角が記載されていないとし、特開昭63-52908号公報(乙第8号証)及び特開昭63-89211号公報(乙第9号証)に記載されたドリルについては外周切刃稜7が切削を行う実質的な切刃であることが記載されていないとし、実開昭59-140116号公報(乙第10号証)に記載されたドリルについては切刃マージン部14が面であるとして、これらの切刃が切削を行う切刃ではないと主張するが、その理由として主張する前示各事由は、これらの刊行物にいずれも「切刃」と記載されたものが、切削を行う切刃ではないとする根拠として首肯するに足りるものとはいい得ない。また、原告は、前示実開昭56-147015号公報(乙第11号証)に記載されたものが、マージン及びリーディングエッジのない特殊なドリルであると主張するが、同刊行物に「マージン」、「リーディングエッジ」の用語はないものの、同刊行物の記載及び図面上、そこに記載されたツイストドリルが、マージン及びリーディングエッジを備えない特殊な形態であることは認められず、該主張も採用できない。さらに、原告は、前示「プリント回路技術便覧」(乙第12号証)に、「図5.3.11で示すようにドリルにはバックテーパがあり,ドリルと穴壁との間にクリアランスが存在する。そのため,厳密には再研摩によりドリル径が変わり,ドリルと穴壁とのクリアランスが減少し,切削熱の増大や切削屑のはけの悪化を招く。同時に芯厚はウェブテーパにより,シャンク部に近づくほど太くなるので,切削抵抗も増加しスミアを発生しやすくする。」(同号証454頁6~10行)との、ドリルにバックテーパが存在する旨の記載があるから、セカンダリーカッティングエッジが切削作用を行うものであるということはできないと主張するが、該記載自体、少なくとも、先端付近外周に形成されたセカンダリーカッティングエッジが切削作用を行うことを前提としていることが明らかであるから、原告のこの主張も失当である。

また、原告は、日本工業規格ドリル用語(JIS B 0171)(甲第8号証)に、「ドリル」につき、「先端に切れ刃をもち,・・・主として穴あけを行うのに用いる工具。」(同号証2丁目)と記載され、また、平成11年6月28日発行の【J】外1名著「設計者に必要な加工の基礎知識」(甲第9号証)に、「ドリルの刃先部の拡大図を図5.5に示す.切削を行う切れ刃は先端部だけにある.底面の切れ刃でない部分は,穴との接触抵抗を減らすように逃げが取ってある.ねじれ溝の側面にある部分は,切れ刃のように見えるが,実際にはガイドの役目をしているだけであり,マージンと呼ぶ.このマージンの径は刃先先端からシャンクに向かって小さくなるように,いわゆるバックテーパがついている.これは切削中の抵抗を減らすためである.またドリルの先端には,切削を行わないチゼルエッジと呼ばれる部分がある.」(同号証108頁16行~109頁6行)との記載があることを根拠として、一般に、穿孔用ドリルにおいて、リーディングエッジが被切削物を切削する部分ではなく、刃を備えていないことは技術常識であるとも主張するが、前示のとおり、プリント回路基板用の穿孔用ドリルを含むドリルにおいて、リーディングエッジに切刃が形成され切削作用を行うものが多く存在するのであるから、前示各刊行物の記載にかかわらず、一般に、穿孔用ドリルにおいて、リーディングエッジが被切削物を切削する部分ではなく、刃を備えていないと認めることはできない。

したがって、本件決定が、刊行物Bの「母材焼結体は、『外周の刃を形成する箇所に、凹溝を有する母材焼結体』であるといえる」と認定したことに、原告主張の誤りはない。

(2)  ねじれ凹溝について

刊行物Bの4欄20~32行に「切削部(チップ)の構造の他の実施例が図7及び図8に図示されている。・・・図8a、8b、8cの実施例では、研磨材充填体は連続しておらず、切削部(チップ)30の直径方向の相対する両端部に構成された溝部分に埋設されたセグメント28,29中に位置するようになっている。溝の各部は切削部の各角部に構成され少なくとも末端部を横切るのと同じように、切削部(チップ)の両端側に研磨材充填体が露出するような深さとなっている。」との記載があることは、当事者間に争いがないところ、本件決定が、該記載に引き続く刊行物Bの4欄32~37行の記載を引用するに当たって、「この溝の両部分のエッヂ(即ち両端部)31はフルート方向に、螺旋角でテーパ付けられていることが好ましく、そうすることによって、溝部に埋設された研摩充填体セグメントのリーディングエッヂはフルート研削時に、そのフルートに適合することになる。」(決定書6頁4~9行、符号B6)との訳文(ただし、括弧書き部分は注書きであると認められる。)を当てたことに対し、原告は、該記載の冒頭部分の邦訳は「両溝部分のエッヂ31はフルート方向に、・・・」であり、刊行物Bの図8Cにも、それぞれの溝部分の一方端だけがフルート方向に螺旋角でテーパ付けられていると主張する。

しかして、刊行物B(甲第5号証)の4欄32~37行には、「The edge 31 of both sections of the groove is preferably tapered in the direction of the flute and at the helix angle,so that the leading edges of the abrasiveve in segments imbedded therein will accommodate the flutes when they are ground.」と記載されているところ、原告の該主張は、その冒頭の「The edge 31 of both sections of the groove」との記載が、「(切削部30の直径方向の相対する両端部に構成された)両方の溝部分における縁31」との意味であるとするものであるが、同欄29~32行の記載の冒頭部分の「The sections of the groove」の用い方等に鑑みて、それ自体は正当であると認められ、また、刊行物Bの図8Cに、それぞれの溝部分の一方端だけがフルート方向に螺旋角でテーパ付けられているとの主張は、刊行物Bの図8Cの表示において、研摩充填体の左側側面が(したがって、研磨充填体を埋設する前の溝においては、左側の縁が)直線であるかのように見えることと符合しないではない。

しかしながら、原告の当該主張に従えば、図8Cの符号「31」は研摩充填体の向かって右側の側面に付されるはずであるが、同図においては、符号「31」の指示線は、左側側面を指しているか、研磨充填体自体を指しているかが必ずしも明確ではないものの、少なくとも右側側面を指していないことは明らかである。

のみならず、刊行物Bの6欄3~8行に「5.1個又はそれ以上の研磨充填体が、ドリル素材の円錐形状先端部から円筒形状部にまで、ドリル素材の長手方向軸線に関して鋭角をなして延びているクレーム1の発明」(決定書6頁12~15行、符号B7)との記載があることは当事者間に争いがなく(刊行物B(甲第5号証)によれば、これはクレーム5の記載であると認められる。)、このクレーム5に係る発明の構成においては、研磨充填体自体が(したがって、研磨充填体を埋設する前の溝自体が)、ドリル素材の円筒形状部において、長手方向軸線に関して鋭角をなし、フルートの形成部分に沿って延びているものと考えられる。

そうすると、前示「The edge 31」が、研磨充填体を埋設する前の溝の右側の縁のみを示していると解することはできず、当該溝の左右の縁を示しているものと見るのが自然である。

なお、前示のとおり、刊行物Bの図8Cにおいては、研摩充填体の左側側面が直線であるかのように見えるが、同図の表示においては、研磨充填体の右側側面がフルート方向に螺旋角でテーパ付けられているものであるかどうかも必ずしも明確ではなく、同図における研磨充填体の形状の正確性には信を措き難いものといわざるを得ないから、同図の表示が、前示認定を左右するものということはできない。

したがって、本件決定の前示符号B6の記載自体の認定は必ずしも正確とはいい難いが、「溝の両端部がフルートの方向に螺旋角度でテーパが付けられて軸方向に延びているから、このテーパ部分の溝は『ねじれ凹溝』と呼ぶことができる」とした本件決定の認定そのものが誤りであるとすることはできない。

そして、この認定と、当事者間に争いのない刊行物Bの3欄1~4行、同欄29~31行、同欄32~36行、同欄36~55行、4欄20~32行、6欄3~8行、3欄59~68行の各記載(決定書4頁5行~6頁3行、6頁12行~7頁8行、符号B1~B5、B7、B8)に照らすと、刊行物Bに、「溝幅を特定する両縁の線が相互に近接するねじれ線により形成されているねじれ凹溝に研摩充填体を埋設すること」(同8頁4~6行)が記載されているものと認められ、該認定に原告主張の誤りはない。

(3)  前示(1)、(2)のとおり、本件決定がした刊行物発明の認定に原告主張の誤りはないから、該認定を前提とする本件訂正発明と刊行物発明との一致点の認定にも何ら誤りはないものというべきである。

3  以上のとおりであるから、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、その他本件決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 長沢幸男)

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